
高橋 慶
川口診療所 所長
医師
プロフィール
- 2001
- 筑波大学卒
- 2001
- 王子生協病院
- 2007
- 赤羽東診療所
- 2011
- 王子生協病院 家庭医療研修責任者
- 2014
- 王子生協病院 医学教育フェローシップ
- 2018
- 川口診療所
- 2021
- 岐阜大学 医療者教育学修士課程
私は家庭医療を専門にする医師です。診療所の外で、初めて会う人に仕事を聞かれて「医者をしています」と答えると、ほとんどの人から「何科の先生ですか?」と聞かれます。「家庭医療です」と言うと説明が面倒なので、「診療所で働いているのでどんな病気でも診ますよ」と答えています。
自分の専門をきちんと説明しないのはよくないなぁ、といつも思います。それでも家庭医療が素晴らしい医療だと思うからそれを学んで仕事にしています。ただ問題は、家庭医療を説明しようとすると話が長くなってしまうことです。長い話に付き合わせることに気が引けるので、「どんな病気も診ますよ」という、なんだかうさん臭い説明になってしまいます。それでも家庭医療をあえてひとことで言うと、やはり「なんでも相談にのる」医療なのだと思うのです。ちょっとあやしい感じですが本当にそうなのです。
これから家庭医療についてもう少しわかりやすく説明していきます。最初に家庭医療の特徴をお話しして、そのあとに具体的な例を紹介します。最後にチームでのケアと教育についてもお話しします。
家庭医療の特徴
① 患者さんとの関係を大切にする
みなさんの想像する専門医は「○○の内臓を診る」「子供を診る」とか内臓ごと、年齢ごとなどの担当が決まっている医師ではないでしょうか。しかし家庭医は「私はあなたを診る」という姿勢を持つ専門医です。どんな病気になっても、その人が健康なときも病気が治ったあとも家庭医はその人との関係をずっと持ち続けます。
② 病気の背景を深く考える
病気にはいろいろな原因があります。それは食事や運動のような生活習慣だけでなく、家族のことや仕事、これまでの人生の出来事が影響していることもあります。
③ 病気を防ぎ健康でいられることをいつも考える
今ある病気に対応するだけでなく、病気にならないようにすることや健康でいられるようにすることも大切にしています。
④ 地域全体の健康を考える
診療所に来る人だけでなく、まだ病院に行っていない地域の人たちの健康も気にかけています。その地域に多い病気や、健康のために必要なことを考え、みんなが元気でいられるようにサポートします。
⑤ 思いや価値観を大切にする
医学的に正しい治療をするだけでなく、患者さん一人ひとりの気持ちや価値観を大切にします。その人が納得できる治療を一緒に考えます。

これらの特徴は、カナダの家庭医療の専門家であるマクウィニーという家庭医がまとめたものの一部です。
実は、他の専門の医師にとっても大事なことですが、家庭医はこれらの特徴を特に大切にしていて、これらをより多く持ち合わせているのが家庭医療であるとマクウィニーは説明しています。また、「もし他の専門医がこれらの特徴を多く持ち合わせていれば、その医師は家庭医である」ともマクウィニーは言っています。
家庭医療ってどんな診療をするの?
では、家庭医療の特徴がどのように活かされるのか、ある患者さんの診察の流れを見てみましょう。
48歳のAさんの診察
Aさんは会社の健康診断で「コレステロールが高い」と言われ、自宅の近くにある川口診療所を初めて受診しました。

- 1回目の診察
- 家庭医から「コレステロールとは何か」「どうすれば下げられるか」を説明され、まずは食事や運動を変えてみることになりました。
- 2回目の診察
- コレステロールの数値がまだ高かったため、薬を飲むことになりました。
ここまでの診察は、普通の医療と変わりません。でも、家庭医療の特徴はこのあとに出てきます。 - 3回目の診察
- 家庭医から家族のことを聞かれ、Aさんは「母の介護と思春期の子どもの対応で忙しくて、運動や食事に気を配る余裕がないんです」と話しました。すると家庭医は「それは大変ですね。無理もないですよ」と共感し、「今は薬を使って良くしておいて、余裕ができたら食事と運動を頑張りましょう」と言いました。Aさんはホッとしました。
ここでは、病気の背景を理解し(特徴②)、人間関係(特徴③)やその人の思いを大切に(特徴⑤)している家庭医の姿勢が表れています。 - 4回目の診察
- 家庭医が「他に気になることはありませんか?」と聞くと、Aさんは「最近イライラしやすい」と話しました。家庭医はいくつか質問して「ご家族のこともあって、うつや不安障害の可能性も考えましたが、今回は更年期障害ですね」と説明しました。相談のうえ、漢方薬を飲むことになりました。
ここでは、家庭医がコレステロールだけではなく健康でいられることを幅広く考えていること(特徴③)や、特定の内臓だけではなく患者さんの困りごとに対応するという姿勢(特徴①)が表れています。 - 5回目の診察
- 家庭医がAさんの娘さんの年齢を聞き、「中学2年生ですね。子宮頸がんワクチンは受けましたか?」と質問しました。Aさんは「忙しくてまだ受けていません。ここで打てますか?」と聞くと、「はい、打てますよ」とのことだったので、次回、娘さんと一緒に受診することになりました。
- 6回目の診察
- Aさんの診察だけではなく、娘さんも子宮頸がんワクチンを受けました。そのときに家庭医は「学校の友達でまだ受けていない人がいたら教えてあげてね」と娘さんに伝えました。
これは、家庭医が地域全体の健康を考え(特徴④)、川口診療所の周辺地域の子宮頸がんの発生を減らそうと努力している姿勢が表れています。
このようにしてAさんの健康診断をきっかけとして、Aさんの家族だけではなく地域の健康問題にも関わる姿勢を家庭医は持っていることがわかります。
チームでつくる家庭医療
家庭医療は、家庭医一人ではできません。川口診療所には、事務スタッフや看護師のほかに、リハビリ職員、検査技師や薬剤師がいます。また、併設の「ケアセンターすこやか」には、ケアマネジャーやヘルパーがいます。みんなで協力しながら、地域のみなさんの健康を支えています。

家庭医を育てる診療所
世界では医師の約30%が家庭医ですが、日本ではまだ0.3%ほどしかいません。日本では高齢化が進み、病気をいくつも抱える人が増えています。そのため、家庭医の必要性が高まっています。2018年には、日本でも「総合診療医」という専門医が認められました。家庭医療は、この総合診療医の中でもさらに専門的な分野になります。
川口診療所では、家庭医を目指す医師の研修を受け入れたり、医学生に家庭医療について教えたりしています。日本に家庭医を増やすために、医師の教育にも力を入れています。
