生きることの多様性にふれる、 家庭医療の魅力

高橋 慶

川口診療所 所長
医師

プロフィール

2001
筑波大学卒
2001
王子生協病院
2007
赤羽東診療所
2011
王子生協病院 家庭医療研修責任者
2014
王子生協病院 医学教育フェローシップ
2018
川口診療所
2021
岐阜大学 医療者教育学修士課程

常に患者さんと関わる家庭医

2018年4月から川口診療所に勤めています。午前中は外来で診察、午後は往診に。往診は看護師さんと一緒に、1日に5軒から7軒程度回っています。

私の専門は家庭医療。家庭医です。あまり馴染みがない言葉かもしれません。

たとえば耳鼻科の先生だったら、「耳と鼻と喉を診ています」と一言で言えますね。家庭医療はそうした臓器別の考え方ではありません。年齢を問わずにどんな患者さんでも診ます。直接自分で治療までできない場合は専門の医師を紹介しますが、常にその患者さんと関わっていく、患者さんの主治医です。自分で診られなくても関わるということが、家庭医療のひとつの特徴です。

還元主義と全体主義、そのグラデーションのなかで

家庭医療のもう一つの特徴は、「還元主義」と「全体主義」という言葉で捉えることができます。

「還元主義」とは、細かくしていけば、いろいろな物ごとが解明して理解できるだろうという考え方です。たとえば消化器内科の先生なら、肝臓や胃を診て、さらに細胞レベルまで診ていく。それはとても役に立ちますし、私もそういう考え方を日常的に使います。

一方で、あえて細かく分けないでおいて、症状を観察し、何か関連するものはないかを考える。これが全体主義の考え方です。

たとえば、外来で診ている糖尿病の患者さんの症状が悪くなったとします。「還元主義」では、食事や運動がうまくいかなくなって血糖値が上がってきたから、薬を出すといいだろうという考え方にもっていきます。家庭医は同時に「全体主義」の考え方を使います。

家庭医は、患者さんから家族のことを聞いています。この患者さんの場合、前回の外来でご主人が退職したと聞きました。そこで「ご主人が退職されてから、何か食事に影響ありました?」と聞くと、「主人が朝も昼も家にいるから、主人が家に長くいるのがストレスでお菓子が増えています」と。食事の変化の大元の原因がわかるわけです。

診療所は一家でかかっていることが多い。私がご主人の診療の時に「外で運動する時間を増やしたらどうですか?」と提案すると、その患者さんがご主人から離れる時間が増えます。そうすると、ご主人を介して奥さんの糖尿病をよくすることができるのです。

家庭医療の場合は、還元主義と全体主義を同時に使っていきます。場面場面によって、還元主義が強く出たり、全体主義が強く出たりするというグラデーションの中で行き来する、適宜それを使い分けていきます。家族をシステムととらえて、調整していくというような考え方です。

生きるってどういうこと?その多様性

私が医者を志したのは、少し哲学的な話ですが、「生きるってどういうことなんだろう」という思いです。

家庭医は、患者さんをいろんな側面からとらえようとする専門医です。診療所で長い期間、場合によっては患者さんのご家族まるごと診ていますから、地域や家族をひっくるめて生きるってどういうことなのかなということが、すこし見えてきます。

人は百人いれば百通りの生き方がある。私は、医療というフィルターを通じてではあるけど、「こんな生き方をしてる人もいるんだ」、「生きることに関してこういう価値観を持ってる人もいるんだ」と、生きることの多様性を知る。これは家庭医ならではかな、と思っています。

家庭医だからこそ、患者さんの生き方が見えてくる。いまの学生さんには、この話はあんまり響かないかもしれませんが(笑)。わたしの家庭医としてのやりがいです。